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大阪高等裁判所 昭和40年(ラ)155号 決定 1965年9月28日

抗告人 第一運輸作業株式会社

右代表者代表取締役 磯野和典

右代理人弁護士 金光邦三

飯沼信明

相手方 綱川利佐

<外七名>

相手方ら代理人弁護士 田中唯文

米田軍平

主文

原決定のうち抗告人に対し賃金台帳の提出を命じた部分を取消す。

相手方らの申立のうち賃金台帳の提出命令を求める部分を却下する。

申立費用および抗告費用はこれを二分し、その一を相手らの負担とし、その余を抗告人の負担とする。

理由

一、本件抗告の趣旨および理由は別紙記載のとおりである。

二、当裁判所の判断

原決定は抗告人に対し、賃金台帳の提出を命じているが、原審は民訴法三一二条三号前段の規定を根拠として抗告人に右文書の提出義務を認めたものであることは本件記録により明かである。そこでその当否について考えるに、同法条にいう挙証者の利益のために作成せられた文書とは、身分証明書、授権書、遺言書などのように、その文書により挙証者の地位、権利および権限が直接明かにされるものを指すものと解するのが相当である。ところで賃金台帳は使用者が各労働者について、基本給や労働日数など賃金計算の基礎となる事項および賃金の額を記録しておく台帳であり、本来使用者がこれらの証拠を保存し、その額を把握するための資料とすることを目的として作成されるものであって、労働者の地位、権利および権限を証明しまたは基礎づけるために作成されるものということはできない。なお労基法一〇八条によって、使用者に賃金台帳の作成保存の義務が課せられるに至ったが、これによって賃金台帳は、国の監督機関において労基法の規定が忠実に守られているかどうかを把握するための一つの資料としての役割をも果すようになったとはいえ、労働者に対し、その地位、権利、権限を明かにするためのものになったということはできない。

そうだとすると賃金台帳は、前記法条にいわゆる挙証者の利益のために作成された文書に当らないから、原決定のうち抗告人に対し賃金台帳の提出を命じた部分は失当としてこれを取消し、相手方らの申立のうち賃金台帳の提出命令を求める部分を却下し、申立費用および抗告費用の負担について民訴法九六条、九二条、九三条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 金田宇佐夫 判事 日高敏夫 中島一郎)

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